こころ [2407号]

2009年2月7日 日常
本日の日記



私はただガタガタとわめく鉄道の車中から、小首をかしげて気ままな雲を眺めておりました。土曜日だというのに私は野暮用で都内まで行かなければならなかったのです。
いや実を申せば、私がこんなふがいないからこそ、こんな日を迎えたのですが。

とにかく私の心持ちは決して良いものではなかったのです。けれども今の自分があることにとても感謝と後悔をしていました。ここ数日間、この日記から離れていて、当然趣味も中断して過ごした日々は、克己心によるものというよりは、消極的な態度だったんもしれなかったですが、自分を見つめて、直させるのには好都合な時間であったと思います。

実はその都内では真田君ともお会いしたのです。彼の了解を得ることを忘れたので詳解は避けますが、とにかくお会いしたのです。彼は相変わらず、私に優しかった。



帰り道は一緒に帰ろうという約束を真田君としていて、ところが私の方が終わるのが早かったから(それは決して真田君に努力によって解決できる差ではなかったのですが)私は在る建物の前で幾ばくか待っておりました。

そのとき私はつい魔が差して、何故遅いのか、と心の中で真田君に言い寄りました。
私は利己心のかたまりを態で表すようにせっかちなのです。鉄道も時間も潤沢にあって、いったい何を急ぐ必要があったでしょう。今思い起こせばそんな自分が可笑しく思えます。
祖父はよく私をせかせました。そんな祖父をせっかちだとののしっておきながら、やはり私は祖父の遺伝子を有していたということなのでしょう。



彼とは帰りの車中いろいろとお話をしました。そして帰りに真田君がある本が見つからなくて大変困っているというので、自分の街で比較的品揃えの良い書店を紹介しました。目的の本は見つかりまして、それからさらに雑談を重ねて、私は楽しかった。元来話すことが好きなのかも知れません。

しかし私の身体は真田君とわかれたあと正直に私にぶつけてきました。普段は数分で帰る道も、今日はなんだかだらだらと帰りたくなったのです。自転車のギアも普段より低めにしてこいでおりました。もしかしたら私は風邪をひいたのかもしれない、と思いました。実際その時悪寒に似た嫌なものを感じていたのです。

自宅に自転車を止めて、それでも私はコンビニに向かいました。一見すると矛盾するような態度でありますが、私は悪寒と共に空腹も覚えていたのです。私はコンビニで菓子パンを買いました。



交差点で信号待ちをさせられているとき、私はたまたま携帯プレイヤーで音楽を聴き損じておりました。そうしたら、あ、hamuteru?と声をかけてくる者がおりました。私は振り返って驚きました。

「ああ、Kさん!」

「いやーこんなところで会うなんてねぇ」

「今どこかに向かうところ?」

「いいや、帰るとこだよ」

素直に心情を明かしてしまえば、私は少し期待を外された心持ちがしてました。正夢になって欲しい望み事を想起していたと思ってください、実際私は枕元でよく思い浮かべるのです。昔心から惹かれた人と、偶然出会しやないかと。空虚な行いなのは私自身も認めます。しかし私はそれでも時折思い浮かべるのです。

「成人式以来だねー」

「元気してた?」

「うん、まあ。歩こうよ」
私が彼女に促しました。そして彼女が歩き出し、私も後に続きます。ここで別れてしまってはなんとなく惜しいと思ったのです。むしろここで今度こそ最後の恒久の別れになるだろうと踏んでいたのです。成人式の会場から出たとき、ついに終わってしまう別れにおののきました。私の経験からすると元来交際の狭い私ですから、誰かに形式を作ってもらい招集してもらわないとおそらく会えないだろうと思っていたのです。だからこそ、この偶然をむげにするのが惜しい、そう思えたのです。

「僕(卒業してから)ずっと今の家にいるけど知り合いにあったのはこれがはじめてといっても良いくらいだよ!」

「いやーあたしもだってば」
彼女の笑顔は私には眩しすぎるものがありました。僕が言う、はじめて、はある意味では寂しいという意味を持つ両義性のあるものでした。つまりありていにいえば、もっとみんなと顔を合わせたいと望んでいて、それが叶わないでいたということです。それが理解されなかったところでどうでもよいのですが。

「あなたには本当にいろいろと聞きたいことがあってね」

「なーにー?」

「やっぱりね───」
彼女は実は私と同じ塾で、私が自分に負けてそこを去ったときを見ていた・・・見ていた人だったのです。そしてその時の先生と彼女は親戚だったのです。だから僕は2002年のあとを今さら聞いてみたのです。

「別になんにもなかったけどなぁ、あたしは別にHamuteruが悪いとも思ってないし」

「いんや、やっぱり僕が悪かったんだよ、あなたが先生にどう思っていたとしても、少なくとも僕については。ほら立つ鳥跡を濁さず、だっけ、僕は濁していっただけじゃなく“ふん”まで残してったからねぇ」

彼女は大笑いして、でもそれでも別に良かったんじゃない、といい逆に私がその言葉を求めたみたいになってまた反省という反省をしました。



私が一番関心したというか、ああ優しいんだなぁと槇原敬之のように思ったのは以下のエピソード。

「───というわけで僕というのは学校だけで、それだけで終わって深みというのがない学生だった」

「そうー?でもまあ、というかHamuteru自身が連絡途絶えさすじゃん!」

「いや?」

「どうせもうアド(レス)変えてるっしょ?」

「いや!僕は一度も変えたことはない」

「ウーソー!」

「そっちこそとっくに僕のアドレスなんて消してるでしょう?」

「いや!これでしょ?今もこれ?」

あ、俺のアドレス・・・。きちんとアドレス帳を見せてくれて、そうして見えたのは私のアドレスでした。正直驚きました。告白すると実は彼女ともそれほどメールを交わした記憶はないし、むしろこちらがもうアドレスが散逸してしまってわからないような状態でありましたから。

彼女の携帯はわりと最新式だったと見えましたし、アドレス帳が更新されるたびに自分のアドレスが生き残りの組に入れられていた事実を思うと、しかも彼女は変わったという認識をもっていたのに残されていた事実を思うと、私は無性に泣きたくなってしまいました。

「すごいね・・・驚いた、でも今度変えちゃうかも」

「勝手に変えるな!Hさんにも連絡とってさ、今度会おう。Hさん成人式で会えて良かったって言ってたよ」

「ああそう・・・でもまあ変えるかもしれない」

「これでいいのメール?」

「送ってごらんよ届くから」

「もう送った」

そうしてそのあとすこし立ち入った話をしてわかれました。私は彼女にある秘密を告白してしまいました。それは成人式で好きだった人を見かけて足がすくんだという情けない秘密ですが、それを打ち明けたのは、おそらくもう二度と彼女とは会えないだろうと値踏みをしたからなのです。
しかしなんとまあ私の痕跡はちゃんと生きてて、大切にしてくれていた、もしかすると私の方からみんな遠ざけてしまったのかも知れない、そういう態度だったのかも知れなかったなと、みんなの心の温かさに5年経ってやっと気がついてしまいました。It’s too late.今日ほどこの歌が悲しい説得力で僕の心を説き伏せたことはありませんでした。

そうして菓子パンをほおばって家に帰る道すがら、私はふと先刻の、真田君とのやりとりを思い返しました。もし真田君がすんなりと出てきてすんなり帰宅していたら、もし真田君が書店を見たいといわなければ、もし私が115円の菓子パンを買おうという心持ちさえ嫌になっていたら、私は彼女との偶然を体験することはなかったのでしょう。結局めぐり合わせってどうやって来るのかはわからない。どうも僕はまだそういうのを楽しめる心を持っているようでして、今日は妙に面白いなぁと思った一日でありました。

そして例外なく、下手くそな夏目漱石「こゝろ」のパロディでした(文体が)
なんかこういう書き方、2006年とか2007年のはじめはしてたなーと思って。でも一応実話です。

今日のマミ
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金曜日にサビの抜糸が完了しました。キャリーバッグに入れるのにまた少し苦労しました。やはりどうもこのバッグが苦手なようで。

獣医さんには猫袋(洗濯ネットのこと)に入れてきてくださいとのことでしたが、結局入れずに連れて行ってしまいました。診察の時に暴れやしないかとひやひやでしたが、案外落ち着いた様子でした。

ぢゅーいさん
「お兄ちゃん、ちょっとここ持っててくれる?」


「あ、ハイ」

サビより情けない僕は抜糸の瞬間を見たくなくて(怖そうだから)そっぽ向いてたんですけど、後ろ右足が邪魔だったらしく、保定(動かないようにすること)を頼まれてしまった。

しかしぴーーーっと引っぱってやるのかと思ったら実際ははさみでちょん切るという感じ。母も同じイメージだったらしく、なんとなく可笑しくて笑っちゃいました。まあぴーーーっと引っぱったら開いちゃいそうだしねぇ。

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